2012年9月15日土曜日
一万年も変わらぬ暮らし。「ハッザ族」
「弓矢」片手に一万年。
タンザニア(アフリカ)に暮らす「ハッザ族」は、そうやって大自然の中を生き抜いてきた。
キリン(またはインパラ)の「靭帯」を弦にして作ったという彼らの弓矢は、大きな動物(シマウマ・水牛・猪など)から小さな動物(鳥やリス)まで、何でも倒す。
その矢には「毒」が塗られており、獲物は矢が刺さったからというよりは、その毒で死ぬことが多いようだ。
※この毒は「砂漠のバラ」という別名を持つ潅木・アデニウムの樹液を煮詰めて作られる。
2012年8月4日土曜日
チベットに想う、国の姿
かつて中国の毛沢東は、こう言った。
「人を支配するには、百人の軍隊よりも『ただ一曲の名曲』があればよい」
そうした戦略のもと、「チベット」の歌曲は徐々に中国化され、今ではその踊り方、歌い方、装いまでがすっかり中国式にすり替わってしまったのだという。最近ではチベット語で歌うことも許されるようになったというが、かつては中国語でしか歌うことができなかったともいう。
現在のチベットは中国の一部とされているが、その抑圧に対するチベットの抗議は後を絶たない。北京オリンピック時の騒動も記憶に新しいが、現在でも抗議の焼身自殺がやむことなく続いている。
何よりチベットの擁する最高指導者「ダライ・ラマ」が、チベットの土地に入れないというのは異常な状態である。
中国とチベット、その関係やいかに?
2012年7月21日土曜日
大国の波間に漂うキプロス
不思議なことに、「キプロス」という国はこの地球上に2つある。キプロスという「島」は一つしかないにも関わらず…。
キプロス島という島は、地中海では3番目に大きな島といえども、その面積は「四国の半分」しかない。つまり、島としては大きいが、国としては小さい。そして、その島の上に住む国家が南北に分かれたことにより、さらに小さくなってしまっている。
2012年7月10日火曜日
ナイジェリアの血(石油)
「石油を売れる商品にするためには、『石油と水』を分離して混ざらないようにしなければなりません。
水には価値がありませんが、石油は高価です。水の混入を最小限に抑えたものを世界中に送り出すのです」
ここは、アフリカ・ナイジェリア沖合いのギニア湾洋上。この海には巨大な海底石油の掘削施設「FPSO(浮体式・海洋石油ガス・生産貯蔵積出設備)」が浮かぶ。
この「アクポ油田」が海底数千mから掘り出す石油は「コンデンセート」と呼ばれるもので、比重が小さく粘り気の少ない上質なモノである。その上物でも、「石油と水」をキチンと分離しなくては売りモノにならないと、その責任者は言うのである。
2012年6月23日土曜日
何も持たないブータンの「わらしべ長者」
昔々あるところに、「ヘレー」という陽気なお爺さんがおりました。
ある時、山仕事をしていたヘレー爺さんは木の根っこの下から、それはそれは立派な「トルコ石」を掘り出しました。
そのトルコ石を持って村に戻ってきたヘレー爺さん、村の人に声をかけられ、そのトルコ石を「馬」一頭と交換しました。さらに、へレー爺さんは馬を「牛」に、牛を「羊」に、羊を「ニワトリ」へ、次々と交換していきます。
ニワトリを抱えたへレー爺さん、さらに歩いていると、遠くの方からとても美しい「歌声」が聞こえてきます。その歌声に惚れ惚れしたへレー爺さんは、こう言います。
「その歌を教えてくれんか。このニワトリをやるから」と。
ニワトリと「歌」を交換したへレー爺さん、手元には何もなくなりました。それでもへレー爺さんは「幸せ」です。その歌を歌えば、村の人みんなが喜んでくれるのですから。
2012年6月18日月曜日
イギリスであってイギリスでない「スコットランド」
「独立」という甘美な響きは「スコットランド」をホロ酔いにさせているのかもしれない。
スコットランドは「イギリス」から独立して、新たな国家となる道を国民に問おうとしている。
イギリスは「連邦国家(United Kingdom)」、すなわち複数の国々の集まりであり、イギリスを構成するのは「イングランド」「ウェールズ」「スコットランド」「北アイルランド」である。
これら4ヶ国はお互いに争いながら、現在我々の知るイギリスに落ち着いた歴史を持つ。
2012年6月10日日曜日
古代ペルシャ王の遺した「キュロスの円筒印章」
「世界の人々のほとんどは、『イランの素晴らしさ』を知りません。皆、イスラム革命(1979)後の30年間のイランだけを見て、判断してしまっているのです」
ノーベル平和賞(2003)を受賞しているイラン人弁護士、シリン・エバディ氏は、そう語る。
「核兵器を製造しようとしているテロリスト予備軍」というイランの烙印は、欧米諸国により押されたものであり、それゆえに、そればかりを鵜呑みにしていては、現実を誤認してしまうというのである。
当のイラン人たちは、こう口を揃える。「私たちはアラブ人ではないし、ましてや、テロリストでもない」。イラン人の中には、自分たちが「ペルシャ人の末裔である」と強く意識している人々も少なくないという。
我々が「イラン」という国を少しでも正しく認識しようと思うのであれば、同国の歴史を多少なりとも知る必要がある。
歴史的に、イランは「ペルシャ」であり、イランが正式名称となったのは20世紀に入って以降、つい最近の話である。
この国には、古代のペルシャ帝国から脈々と受け継がれてきた「2500年にも及ぶ長大な歴史」が今も息づいているのだ。
ここに、その全ての歴史を見守り続けていた遺物がある。それは、イランの国宝とも讃えられる「キュロスの円筒印章」である。
ラグビー・ボール大の、この日干し粘土づくりの物体の表面には、びっしりと楔形文字が刻まれており、そこには驚くべき知見が記されている。進化したはずの現代社会においても、実現できていない理想が…。
壁画に描かれているような暮らし。サン族。
「壁画に描かれているような生活」をする人々がいる。
裸足で大地に立ち、弓矢を駆使して動物を狩る。アフリカ大陸南部に暮らす「サン族」は、何千年となく、そうやって生きてきた。
※かつて「ブッシュマン」と呼ばれた人々で、ボツワナ・ナミビア・南アフリカにまたがる「カラハリ砂漠」に住む。
「狩猟」は男たちの仕事であるが、ここのところ芳しくない。獲物が獲れない日々が、3週間以上も続いているのだ。
今日も4人の男たちは、フラフラと猟に出かける。しかし、どこにも気負った風は見られない。わりとノンキに小鳥とりの罠をしかけたり、道端の植物の根っこをひっくり返したり…。
一人の男が樹木の中にハチの巣を見つけると、にわかに男たちは気色ばんだ。
さっそく自前の小枝で火を起こすと、その煙でハチを燻り出す。そして、男が木の中に手を突っ込むと…、甘~い甘~いハチミツの御出ましだ。
思ったよりも量が少なかったためか、彼らはその場でペロリと全部食べてしまった。
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