2012年6月19日火曜日

宇宙の一匹狼「マゼラン星雲」


今から500年ほど前、世界一周を成さんとした男がいた。

「マゼラン」である。



1519年にスペインを出たマゼランは、ブラジルで裸の人食い族、パタゴニアで巨人族と出会いながら、南アメリカ大陸から太平洋へと抜け出る海峡を発見。

その海峡を抜けた先にあったのは大海原(太平洋)。マゼランは「喜びのあまり、はらはらと涙を流す」。

※のちのマゼラン海峡。



広大な太平洋の航海は3ヶ月を超えた。

新鮮な食は尽き、残されたのは虫に食い荒らされた乾パンばかり。水も黄色く腐り、オガ屑ですら口に入れた。



そして、ようやく辿り着くのがフィリピン。しかし悲しいかな、ここがマゼラン終焉の地となってしまう。

キリスト教の布教に熱の入り過ぎたマゼランは、猛反発した原住民の竹ヤリの餌食となってしまったのだ。





指揮官のマゼランが死してなお艦隊の航行は続けられ、出港から3年後、ついに世界一周は成される。もちろん、世界初の快挙である。

しかし、その代償は大きかった。出航当時は270名いた船員の中で、最後まで見事生き残ったのはたったの18名。マゼランの姿もそこにはない…。



その栄えある18名のうちの一人が「ピガフェッタ」。

裕福な出自のピガフェッタは博学であり筆マメであった。マゼラン艦隊出航以来、一日とて記録を欠かした日はなかった。



天文学にも通じていたピガフェッタは、長き航海の道標を宇宙の星々にも求めていた。

食も尽き、心細くなった太平洋上からも宇宙の星々はキレイに見えたのであろう。



そんな美しい星々の中には、「雲」のように見える星々の集まりもあった。

のちに「マゼラン雲」として知られる星雲は、ピガフェッタの記録から名付けられたものである。

※大マゼラン雲は300億個、小マゼラン雲は30億個の星々から成る。




大小2つの星雲からなるマゼラン雲は、我々の住む銀河(天の川銀河)から「最も近い銀河」の一つである。

その近さを太陽系的な尺度で例えれば、地球とその衛星・月ほどに近い。

実際、マゼラン雲の形成する銀河は、我々の銀河の周りを回る「衛星銀河(伴銀河)」とも考えられているのである。



地球から見えるマゼラン雲は「満月の20倍」ほども大きいが、銀河としては小さいサイズであり、我々の天の川銀河の7分の1以下のスケールである。

※天の川銀河の直径は約10万光年。大マゼラン雲の直径は1.5万光年。



ただ、マゼラン雲は小さいとはいえ速い。

その速さはハレー彗星のように長々と「尾」を引くほどである。

※その長い尾はマゼラニック・ストリームとも呼ばれるもので、水素のガスから成っている。




どれほど速いかと言えば、ある一説によると秒速378km(時速136万km)。

※ちなみにハレー彗星の速度は速い時でも時速20万km以下。地球の公転速度は時速10万km程度。

しかし、マゼラン雲の移動速度を正確に測るのは困難だ。その精度は100km先の1mmの違い(一億分の1の差)を感知するほどに精妙でなければならず、その精妙さはハッブル宇宙望遠鏡の限界に近いものであるからだ。



もし、マゼラン雲が秒速300km以上で移動しているのであれば、我々の銀河を飛び出してしまう。

従来、マゼラン雲は我々の銀河の周りを回る「伴銀河」と考えられていたわけだが、最近の研究成果によれば、マゼラン雲の移動スピードは我々の銀河にとどまるほど遅くはなく、「ただ通過している最中」なのではないかと考えられるようになってきている。



例えば、月が地球の周りにとどまっているのは、そのスピードが地球の重力に捕らえられているからであり、もし月がスピードアップすれば、月は地球の重力を振りきってどこかへ行ってしまうだろう。

宇宙船が地球から飛び出せるのは、そのスピードが地球の重力を振り切ることができるほどに速いからである。



地球を脱出できるスピードのことを「第2宇宙速度」といい、その速度は秒速11km以上である。

また、太陽系を脱出するには、秒速16.7km以上が求められる(第3宇宙速度)。

※太陽系の外へ飛び出すことを求められた宇宙船ボイジャーは、太陽系脱出速度を上回る秒速17kmほどで航行中である。



さらにスピードを増せば、太陽系のみならず銀河系の外へも飛び出すことが可能となる。

その速度を第4宇宙速度と呼ぶが、大雑把に言ってしまえば秒速300km以上ということになるらしい。

そして、長い尾を引くほどに速いマゼラン雲は、この速度を上回っているらしい。つまり、銀河系を脱出できるのだ。



ということは、マゼラン雲はいずれ地球から遠く離れ、その姿を消してしまうのだ。

それは何十億年も先の話ではあるのだが…。




宇宙の歴史を見れば、マゼラン雲のような小さな銀河が今だに生き残っているのは珍しいことらしい。

というのも、小さな銀河はより大きな銀河に衝突して合流してしまうのが常であるからだ。銀河は他の銀河と衝突・合流して大きくなるものであり、我々の銀河もそうして大きく育ってきたのである。



宇宙創成期には、マゼラン銀河のような小さな銀河が無数にあったというが、それらは次第に統合して巨大化していったのだという。

ところが、マゼラン銀河ばかりは幸か不幸か、大きな衝突を回避し続けて今に至るようだ。それゆえ、小さいままなのである。



いうなれば、マゼラン銀河は宇宙の一匹オオカミ。

孤高の旅は、たまたま我々の銀河の横をすり抜けようとしているのである。



この通りすがりのマゼラン銀河は、人類に多くのことを教えてくれた。

小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞できたのも、このマゼラン銀河内で「超新星爆(SN1987A)」を起こして、その時の放射物質「ニュートリノ」が地球まで届いたからである。

我々にとって最も身近な銀河である「マゼラン雲」は、古くはマゼラン艦隊の世界一周を導き、現在においても宇宙の神秘を解き明かすヒントを与えてくれているのである。




通りすがりとは言え、人間の小さな尺度から見れば、マゼラン雲の存在は永遠である。

その輝きはこれから何十億年と続くのであるから。



宇宙の長大な尺度で見れば、マゼラン雲は宇宙一周旅行の最中なのかもしれない。

かつて世界一周を志したマゼラン艦隊のように。

そして、そのいつ終わるとも知れない孤高の旅は、まだまだその途上なのである。





マゼランと初の世界周航の物語
―星雲を見た




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出典:コズミック フロント~発見!驚異の大宇宙~
 マゼラン雲の正体を探れ~宇宙創成の秘密を見た


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