2012年6月15日金曜日

奇跡のためのクレイジー。進化する次世代原発。


「今必要なのは、『奇跡のエネルギー』を創り出すことです」

Microsoftの「ビル・ゲイツ」氏は、TEDのステージでそう語った。

現在用いられているエネルギーのほぼすべてが「再生不可能」であり、CO2や放射能などの問題も無視できない。だからこそ、「奇跡のエネルギー」が必要なのだという。




彼は続ける。「奇跡は不可能ではありません」。

「マイクロ・プロセッサは『奇跡』です。パソコンも『奇跡』、インターネットも『奇跡』です」

確かに、100年前には現在のITやサービスなどは一切存在しなかったのであり、それを夢想する人物すらいたのかどうか…。それでも、「奇跡」は起きたのだ。



さて、そのゲイツ氏の語る「奇跡のエネルギー」とは何なのか?

それは「原子力」である。早とちるなかれ、彼の言う原発は従来の技術とは一線を画するものであり、「奇跡の原発」なのである。

それが「進行波炉(TWR, Travelling Wave Reactor)」と呼ばれる次世代型の原子炉である。





現在主流の「軽水炉」タイプの原子炉は、原料として「ウラン235」を用いているわけだが、じつはこのウラン235、天然状態ではウランの中に1%も含まれていない。

天然ウランの99%以上は「ウラン238」であり、これは軽水炉内での核分裂反応を減速させてしまうという好ましからざる性質を持つ。

そのため、軽水炉でウランを用いるには、好ましいが微量である「ウラン235」の割合いを3~5%になるまで濃縮する必要がでてくる。



ところで、普通の人であれば、こう考えはしまいか。

「なぜ、1%にも満たないウラン235を使うんだ? 99%以上もあるウラン238を使えばいいではないか」

過去においても、こう考えた人はたくさんいたわけだが、残念ながらそれがうまくいった試しはなかった。結局は、チョットしかないウラン235に頼らざるをえず、天然モノの中の極めて薄いウラン235を、人工的に濃縮して使うしかなかったのである。



そして、その濃縮の際、困ったことに大量の「残りカス」が出てしまう。

この残りカスは「劣化ウラン(depleted uranium)」と呼ばれるもので、その中に含まれる有用なウラン235の濃度は0.2~0.3%と、まったく使い物にならない。



また、濃縮ウランを燃料として使い終わった後には、「使用済み核燃料」も残る。

「使用済み核燃料」におけるウラン235の濃度は、濃縮以前の天然レベルの1%以下まで減ってしまっており、再処理をしない限りは、これもまた使い物にならない。



さて、普通の人であれば、こう考えるかもしれない。

「劣化ウランや使用済み核燃料が使えたら、どんなに良いことか」



しかし、「劣化ウラン」や「使用済み核燃料」は、資源ではなく単なるゴミと成り下がってしまっている。

現在のところ、それらを有効利用する道は極めて狭く、サイクル率は10%程度である。むしろ、再処理には余計な費用や設備が必要なため、アメリカなどでは「ワンス・スルー」と呼ばれる「使い捨て」を他国に勧告しているほどである。

その使い捨てられた「核のゴミ」は、どこへ行くのか? 昔はドラム缶に入れて海にポイポイと捨てられていたわけだが、現在ではガラスで固めて地中に埋めているようである。



このように、軽水炉原発の原料となるウランは、かくも贅沢に使用されているのである。

それはまるで、巨大なウエディング・ケーキを一口かじっただけで、あとは捨ててしまうようなものである。

※ちなみに、ウラン鉱石からウランを分離した黄色い物質は、俗に「イエロー・ケーキ」と呼ばれている。



ところで、ウランという鉱物は、そんな贅沢に使えるほど、湯水のように地球上にあるのだろうか?

BPと日本原子力研究開発機構の資料によると、ウランの採掘可能年数は「115年」となっている。ちなみに石油は46年、天然ガスは58年、石炭118年…。ウランの115年というのは長いような、短いような…。



じつはこの採掘可能年数というのは、現在の使用状況から算出される「相対的」な
数字であり、「絶対的」な量で見れば、ウランの埋蔵量は悲しいほどに小さい。

小出裕章氏(京大原子炉実験所)に言わせれば、「ウラン資源は石油に比べて数分の1、石炭に比べれば100分の1しかないという『大変貧弱な資源』であり、ウランは化石燃料よりもはるかに早く枯渇します。そんな原子力に人類の未来を託すことなど、もともと馬鹿げたことでした」ということにもなってしまう。



つまり、ウランは無尽蔵にあるわけではない。そして、そのたった1%にも満たない「ウラン235」の何割かを使っただけでポイ捨てしてしまうのは、あまりにも「もったいない話」なのである。

現在の軽水炉による原発というのは、かくも無駄多きものなのである。



なぜ、そんな無駄を押してまで原発で発電するのか?

その理由をエネルギーの効率化という側面から答えれば、ウランの核分裂反応というのは、その資源の無駄を補って余りあるほど膨大な量のエネルギーを生み出せるからである。

ウランの原子というのは、「石炭などに比べて、百万倍ものエネルギーを有している」のである。百人力どころか、百万人力である。



原発のもつ最大の利点は、ウランが持つこの巨大なエネルギーにあるとも言えよう。

この観点から見れば、太陽光や風力などの自然エネルギーは最も非力である。自然エネルギーは拡散しすぎているため、薄まった状態のエネルギーを補足するのに、広大な面積が必要になるのである。

自然エネルギーの必要とする面積の広大さは「普通に思いつく発電所の何千倍」という規模である。



なるほど、原発の生み出すエネルギーというのは、宝石のように濃密な輝きを持つものか。

しかし、そのデメリットも周知の事実である。まず放射能。そして、「劣化ウラン」や「使用済み核燃料」など、処理しきれない核のゴミ問題。



前置きだけが長くなったが、ここでようやく登場するのがビル・ゲイツ氏の語る「奇跡の原発」である。

もし、ウランの99%を占める圧倒的多数派の「ウラン238」が使えたら?

もし、劣化ウランや使用済み核燃料などの「核のゴミ」を燃料とすることができたら?



これらの夢のような仮定を実現するために、どれほどの先人たちが道半ばで、夢のままに諦めたことか…。

しかし、時代は進んだ。ビル・ゲイツ氏が立役者の一人となったパソコンの普及発展が、新世代のエネルギー革命への道を開いたのだ。

ウラン鉱物の99%を占めるウラン238を利用するという「クレージーなアイディア」は、最新のスーパーコンピューターにより、正確にシミュレーションができるようになったのである。



その結果、第4世代の原子炉と呼ばれる「TWR(進行波炉)」は、核のゴミに含まれるウラン238を燃料とすることができるようになった。

幸か不幸か、核のゴミならば世界中にあまねくある。アメリカが一口かじっただけで「ワンス・スルー(使い捨て)」した核のゴミを利用するだけでも、「アメリカに数百年分のエネルギーを供給できる」のだとか。



ビル・ゲイツ氏が筆頭オーナーとなるTerraPower社は、現代のIT技術を駆使してTWRの開発を加速させている。ベンチャー企業ならではスピード、そして、その高い技術力は各分野の優秀な人材に裏打ちされている。

そこに、ビル・ゲイツ氏の資金力。彼の個人資産は「ザッと5兆円」とも言われ、ある筋によれば「1000億円単位で投資する用意がある」そうだ。その信頼が呼び水となり、外部からの出資もどんどんと膨らんでいる。



加えて、ビル・ゲイツ氏の人脈。世界の財界人、各国政府の首脳にまで及ぶネットワークは、「次世代原子炉(TWR)を大きく進展させる可能性がある」

昨年(2011)12月には、ビル・ゲイツ氏が「中国政府」との交渉中にあることが報じられている。その際の交渉におけるTWRの「売り文句」は、「低コスト」、「高い安全性」、「核ゴミの少なさ」。さらには原子炉の「小ささ」であった。



「低コスト」というのは、天然ウランを濃縮する必要もなければ、核のゴミを再処理する必要もないからである。原料、劣化ウラン、使用済み核燃料をそのまま燃料として利用できるほどの簡便さである。

「高い安全性」というのは、核燃料を交換する期間が極めて長いためである。従来の軽水炉であれば「数年ごと」の燃料交換が必要だったが、次世代のTWRであれば、燃料交換なしに「60~100年」の長期間にわたって発電が継続する。

両者を薪ストーブにたとえれば、軽水炉の薪は乾いていて、すぐに燃え尽きてしまう。それに対して、TWRは湿った生木が燃えるがごとく、その火が永続するのである。



軽水炉で用済みとなった劣化ウランをTWRに充填した場合、中性子を受けたウラン238は、徐々にプルトニウムに変わっていき、そのプルトニウムが核分裂する際に、発電するエネルギーを生むとともに、別の中性子を放出する。

そして、核分裂したプルトニウムが放った中性子は、ふたたびウラン238を刺激し、それが新たなプルトニウムになり、そのプルトニウムがまた中性子を放ち…と、このサイクルは100年間、えんえんと繰り返されていく。

燃料の燃焼領域は、まだ核分裂の起こっていない方向へと徐々に移動して行く。まるで、ロウソクの炎が燃料であるロウを溶かしながら、下の方へと炎を移動させていくように。



このように、TWRは従来の軽水炉のように制御棒によって臨界状態を維持する必要がないため、万が一事故が起こった際にも、軽水炉のように制御不能の暴走状態(超臨界)に陥ることがない。

そして、人間のミスが懸念される燃料棒の交換も、軽水炉のように頻繁ではないため、ヒューマン・エラーのリスクは20分の1以下に軽減される。

また、TWRは世界にあふれつつある核のゴミを燃料にして燃やすことから、放置された核のゴミがテロリストの手に落ちるようなリスクを少なくできることも期待されている(核不拡散)。



さらに、TWRは3~4m前後と極めて「小型」である。

小型原子炉は、中国・インドなど新興国での需要急増が期待でき、離島などで利用できる可能性まである。

既存の発電技術の中でも、原子力発電は省スペースで高効率なわけだが、その原発の中でも、次世代のTWRはさらに小型でエネルギーに満ちていることになる。

省スペースという利点は、自然エネルギー発電のカバーできない領域を丁寧に埋めていく可能性を秘めている。



この売り多きTWRを引っさげて中国政府と交渉したビル・ゲイツ氏は、その足で日本にやって来た。それは、「東芝」と会うためであった。

東芝は日本勢では最もパソコンの世界シェアが高いメーカーであり、Microsoftのビル・ゲイツ氏との縁は浅からぬものがある。そして、東芝はパソコンばかりではなく、「もんじゅ」をはじめとする原発建設の経験も豊富であった。



その東芝は2014年をめどに、アメリカでTWRへの転用が可能な小型原子炉「4S」の着工を目指していた。そして、アメリカの審査次第ではあるが、2010年代後半には実用化を考えていたのだ。

ビル・ゲイツ氏の推すTerraPower社、そして東芝の見ていたものは、ほぼ同じものだったのである。

東芝の「4S」を目の当たりにしたビル・ゲイツ氏は、丸一日をその視察に費やしたという。これは、分刻みのスケジュールで世界を飛び回る彼にしては、極めて異例のことだった。それほどに、彼は興奮していたのだという。



福島の原発事故を受けて、先の閉ざされた感の強まる原子力発電ではあるが、一口に原発といっても、軽水炉もあれば高速炉もあり、進行波炉(TWR)もある。それぞれの炉には、それぞれのクセがあるのであり、一概に論じることはできない。

そして、より重要なのが、技術はアップデートを続けているということである。すなわち、40年前の技術と現在の技術では雲泥の開きがあるということだ。

現状では間違いなく問題児である原子力発電は、とある分野では着々と努力を積み重ね続けているのである。



「呉下の阿蒙」とは、いつまでも進歩がないオバカさんを意味する言葉であるが、その呉下の阿蒙(中国・三国時代の呂蒙)が一念発起するするや、当代随一の参謀も舌を巻くほどの高い見識を身につけるに至る。

その時、呂蒙はこう言ったと伝わる。「士別れて三日ならば、即ち更に刮目して相待つべし」。すなわち、士たる者に3日も会わずにいたら、再び会うときには、まったくの別人と顔を合わせるものと思え、ということだ。



もし、日本が原発に背を向けるのならば、それはそれで良いのかもしれない。

だが、もし、重大な原発事故を起こしたその日本が、世界一安全で世界一エネルギー効率の高い「奇跡の原発」を創り上げたら?

それはそれで痛快なことでもあろう。



日本の選択はいざ知らず、少なくともビル・ゲイツ氏は先の先を見て進み続けている。

ビル・ゲイツ氏は言う。「奇跡のエネルギーに取り組む人の多くは、クレイジーだと言われるでしょう。それで構いません」

冒頭の彼の言葉どおり、彼は「奇跡」を不可能とは決して思っていないのだろう。何より彼は、ITという奇跡を具現化させたクレイジーな人物の1人でもあるのだから…。



何より、世界最先端の技術を注ぎ込まれている原子力分野は、呉下の阿蒙ではないのであろう。

原発による不幸はまことに悲しむべきことではある。だが、その失敗を乗り越えようとするのもまた、人間の業なのかもしれない…。





出典・参考:
TED「ゼロへのイノベーション」 ビル=ゲイツ、エネルギーについて語る。
ゲイツ、原発挑戦の真相
WSJ "A Window Into the Nuclear Future"

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